1. 旅の始まり ― 問いを携えて萩へ
2018年秋、私は久野塾の「リーダーシップの旅 in 萩」に参加した。東京から新幹線と在来バスを乗り継ぎ、山口県萩市へと向かう道中、胸の奥に一つの問いが静かに灯っていた。
「志とは何か。そして、それは誰のためにあるのか。」
この問いは、私自身の仕事や生き方の根底に流れるものであり、14年にわたるエグゼクティブコーチとしての実践、MCG代表としての組織支援、そして久野塾塾長としての活動のすべてが、知と行の間にある“意味”を探る旅だった。
萩は、吉田松陰が松下村塾を開いた地であり、幕末の志士たちが思想と行動を育んだ場所だ。その空気に触れることで、自分自身のリーダーシップの根源にあるものを問い直したい――そんな思いがあった。
旅の初日、萩の町に足を踏み入れた瞬間、私は時間の流れが変わったような感覚を覚えた。石畳の道、木造の家々、そして静かに佇む松陰神社。その空気は、現代の喧騒とは異なる「問いの場」のように感じられた。
2. 松下村塾の空気 ― 思想との対話
松陰神社の敷地に入った瞬間、空気が変わった。静謐でありながら、どこか張り詰めたような緊張感。その場に立つだけで、言葉にならない何かが胸の奥に響いた。
松下村塾は、わずか8畳ほどの空間。しかしその場には、思想の密度と志の熱量が凝縮されていた。吉田松陰が弟子たちに語りかけた言葉が、壁の向こうから今も響いてくるようだった。
「志を立てて以て万事の源となす」
「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし」
その言葉は、単なる名言ではなく、命を懸けた思想の結晶だった。私はその場で、自分の「志」がいかに安全圏にとどまっていたかを思い知らされた。
松陰は、弟子たちに知識を教えたのではない。彼は、問いを投げかけ、志を揺さぶり、行動へと導いた。その姿勢は、まさに「知行合一」の体現だった。
私はその空間に身を置きながら、自分自身の問いと向き合い始めた。「私は、誰のためにこの仕事をしているのか?」「私の志は、誰に届いているのか?」
その問いは、松陰の言葉と空気によって、静かに、しかし確かに深まっていった。(つづく)
写真:萩港の夕焼け


2025/12/21 11:10
